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2チャンネル金曜プレステー自衛隊だけが撮った0311に思う [名リーダーを思う]

表記放送(3月9日)を見逃した私はインターネット動画サイトにアクセスし、1週間遅れで見ることが出来た。

今回の自衛隊が撮った記録動画、PR用ではない、非公式だからこその、によって現場の生の状況や隊員の生の言動に多くの人が触れることが出来た。

私もその一人!

苦難の時が来て初めて自衛隊が本当に頼りになる存在である事を多くの人が分った。この日のあることを信じつつも来ない方がはるかに国の為には良い、ある意味目立たない方が良いという難しい人生を選び、黙々と心と体を練り、部隊を鍛えてきた自衛官の努力も含めて・・・。

その中心にいたのは指揮官(リーダー)。私の脳裏に刻みつけられた言動の幾つかを拾う。


1 駐屯地に避難して来た人々を「どんどん入れろ」と受け入れた連隊長

 多賀城駐屯地も津波が押し寄せ、災害派遣準備を整えたばかりの車両が水没、居住ビルの高所に避難し つつ指揮を執る連隊長と幕僚。そこに地域の住民が避難してきた。 その時の幕僚の報告に対する言葉で ある。着のみ着のままで逃げてきた人々にとってその懐は温かく頼もしかったと思う。

 一方部下中隊長に対し、状況不明下に海岸道沿いに区域内の救助のための派遣を命ずる。津波にさらされ、一刻も早い出動で一人でも多くの命を救うため。勿論、(後続)地震や津波による自らの危険は十分承知の上で・・・。


2 14日11時第1原発3号機の水素爆発の時に、すぐそばにいた中央特殊武器防護隊長
 原子炉のメルトダウンを防ぐ為、兎に角炉心に給水しなければならない。できなければ大変なことになる。国家として緊急に取り得るあらゆる手段を模索していた中、当時における唯一の手段、給水タンク車。その2両を直接指揮して現地にいた。

 吹き飛び大破する給水タンク車と指揮官車のジープ。降下する大きなコンクリート片、ジープはひとたまりもない。給水車の下に逃げ込む4名。ジープの隊長とドライバーは動きようがない。隊長以外は皆負傷。


最初の活動であり不安はあったが、水素爆発の危険がありメルトダウンになれば日本がダメになる。原子炉への給水を誰かがやらなければならない状況だ。誰も前に出ない状況では自衛隊が行動するしかない。やってくれるか?!そういう認識や期待を受け、最後の砦として俺たちしかいないと覚悟を決めた。隊長は自らが陣頭に立ち、指揮官車に敢えてジープを使いー給水隊員と同じリスクを背負って隊員を同行したという。

その収容・離脱にかかわる現場での臨機の処置も遅疑逡巡することなく陣頭で行った。あの時自分が指揮官として行っていて良かった、(若し行かなければ)一生後悔したことでしょうと語る。使命感・責任感の篤さに胸が打たれる。



当初から自衛隊はどこでも活動する覚悟で偵察車4両を使い全域に放射線斥候を出した由。従って飯館の高い値も勿論掌握済み、報告済みであったという。自衛官が身を張って得たデータは自衛隊の行動の為ではあったが、それだけではないはず。住民の避難に活かされたのであろうか?

感謝の手紙

中央特殊武器防護隊隊舎1階入り口には以下の手紙(写真下)が掲示してあった(3月14日)。

2月20日に部隊を訪れ原発事故発災直後に同地で行動した中央特殊武器防護隊に対する感謝の気持ちを表したものである。これも亦多くの人に読んでもらいたい一文である。



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3 違和感なく放水隊の出撃を見送った現地調整所長(中央即応集団副司令官、放水隊現地指揮官)


 ・・・ことに臨んでは危険を顧みず、身を呈して職務の遂行にあたる。・・・服務の宣誓通り行動する仲間を信じ、心を通い合わせた指揮官(当時)の姿から”出撃”に託す思いが伝わる。

4  原子力災害派遣ー3km圏内で空挺団と共に行動し、「人間として」行動した施設群長
最後を締めた群長の言葉「人間として」には痺れた。空挺部隊に先立って危険地域に入り道路啓開をし、作業は誠意を尽くして完璧と言っても良い位に仕上げた任務意識というか使命感の高さ。それにとどまらず、ひまわりを植え、犬や牛並びに現地の風景などに心を配る優しさ、現地の貴重な映像を記録するとともに厳しい出動の合間に諸々のことなどを私日記につける余裕など「人間力」に心をうたれた人は多かったはず。その私日記を見て、かってこんなに自分の懐をさらけ出して篤く語る指揮官がいたであろうか?と思う。
真に国を思い行動する規範は何に求めるべきかを考えさせられる一言であった。国や自衛隊をより良い方に変える大きな一言なのではないか?そんな思いにもさせられる。



自衛隊の底力、その中心には立派な指揮官ー特に連隊(群)長がいる。否自衛隊の伝統継承のなかで人材が育っていると言うべきか。その連隊は旗を持っている、部隊はすべて旗を持っているが自衛隊旗と定めら
れている旗である。

連隊旗を掲げ、その前で堂々と任務を果たす

連隊旗が高々と奉持されている場面、勿論派遣現場で、を目にした。

連隊旗は総理大臣が連隊の新編に際し、授与するよう定められている。近くは平成21年3月、沖縄第15旅団編成式において第51普通科連隊も新編され連隊旗が出席した防衛大臣を通じて連隊長に直接手渡された。

この時防衛大臣は連隊旗を何故授与しなければならないか疑問を呈したという。

しかし、連隊旗は自衛隊旗ということ。乃ち各級部隊が持つと定められた旗のうち、最高レベルの部隊旗である。連隊旗(を総理大臣が直接授与すること)は国家・国民の負託の象徴であることを理解すると快く従った由。

旧陸軍に於いては軍旗といえば連隊旗を指し、軍旗の前は天皇陛下の御前を意味した。

今、自衛隊旗(連隊旗)の前で活動する(戦う)ことは国民の目の前で、を意味する。言い換えれば何のために自衛隊がここにいるか、どう行動しようとする(戦う)か,その決意を部内外に示す。隊員が国家・国民の負託を明確に体感する一番分りやすいものである。

何故連隊旗が自衛隊旗か?も大事な点。隊員を危地(死地)に投ずる等の重くて先を見た広い視野からの決断を負い得ると共に一声(肉声の届く範囲)で命令を発し得る最大の部隊長だからであろうか。更に某期間独立的に行動でき、その旗を掲げることに戦術上は勿論、戦略その他もろもろの意味合いを込めることが
出来るからであろうか。

おかげで清々しい場面を目にすることが出来た。

自衛隊は行動時、常に連隊旗と言わず部隊旗を高々と掲げその前で堂々と(士気高く、団結固く、規律正しく)勝つ、そんな頼もしい集団・個人で在り続けて欲しい。

以上

「苦難の時が来て初めて本当に頼りになれる人が分る」は旧知のN氏が某寺の檀家総代として寄稿した「仏とともに」(平成24年3月号 某山 某寺 )の中からいただいた文句です。

関連:福島泰蔵大尉の実行力を訪ねて
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